一般的に、
近くを見るときは、
毛様体が収縮し、チン小帯が緩み、
水晶体が弾性により膨らみ、屈折力が強くなり、
近くにピントがあう。
遠くを見るときは、
毛様体がゆるみ、チン小帯が引っ張られ、
水晶体が引っ張られ薄く引き伸ばされ、屈折力が弱くなり、
遠くにピントがあう。
と説明されていますが(Helmholtz説)、
毛様体がゆるんだとき、
なぜチン小帯が引っ張られるか?
その力はどこから来ているのか?
ということへの説明はほとんどなされていません。
上腕二頭筋が収縮すれば、肘が曲がるけど、弛緩すれば肘が伸びるとは言えないのと同様に、不十分な説明です。
毛様体の輪状筋が弛緩しても、そのことのみによって水晶体を取り囲み輪状に存在している毛様体の輪の直径が
大きくなるはずはありません。
なぜならば、筋肉は引っ張りバネの働きはしますが、圧縮コイルバネの様に押し上げる働きがないからです。
だから、屈筋と拮抗する伸筋があるわけです。毛様体筋には拮抗筋はありません。
では、なにがチン小帯を引っ張る力を生むのでしょうか?それをこれから説明していきます。
↑従来の説明で一番の問題は、調節の説明に使われるこのような不適切な図です。
どこがいけないかというと、チン小帯の一部しか描かれてないこと。そして
あたかも毛様突起が調節力に関与しているように見えることです。
一般に普及している眼球解剖図のように毛様突起につながってるチン小帯線維はごく一部であって、
多くは毛様突起の間(ciliary valleys)を通って毛様体扁平部に広く付着しています 1) 。
また、水晶体に付着しないで、毛様体間を前後方向に張っているチン小帯線維も存在し、水晶体からの
牽引力を脈絡膜側に伝達しています。
調節を理解するには、まずこのことを知っていなければなりません。
上の図から、どういうことが読み取れるでしょうか?
それは水晶体と脈絡膜の間にチン小帯と毛様体を介してテンションが存在しているということです。
つまり、遠くを見るときの説明で不足していた水晶体を引っ張る力とは、脈絡膜の復元力にあるということ。
引っ張られたときに復元力を発生させる引っ張りバネの働きをしているということです。
→ choroidal spring (脈絡膜バネ)
星飛雄馬がつけていた大リーグボール養成ギブスのバネも引っ張りバネです。自転車のスタンドについてるのもそうです。
水晶体は横から引っ張られることによって厚みを増そうという復元力が発生します。
これは圧縮コイルバネが押された状態で起こる力と考えていいでしょう。この力が
チン小帯を引っ張る力になります。
眼圧はこの拮抗力の働く場を支え、拮抗するシステムにテンションを与えています。しかしながら、
眼圧が直接調節に関係しているわけではありません。眼圧が上がれば、近くに焦点があうとか、
そういうリニアな関係はありません。
もう一つ重要なのは、ciliary tendon と呼ばれる強膜岬付近の輪状の硬い構造です。
(そういう組織があると
いうのではなく、力学的にそういう骨組みを構成しているということ。)
これについては、次の毛様体筋の働きの項目で説明します。
輪状筋、放射筋、縦走筋に大まかに分類されますが、実際は連続的に存在し、ばらばらに収縮して働くのではなく、
一つの筋肉として仕事をしています 2) 。
従来の調節の説明では、毛様体の輪状筋以外の働きが説明がされていません。
毛様体筋すべての働きを、一括して説明できなければ、その説は欠陥があるといえるでしょう。
ここで重要なことは、先ほど説明した ciliary tendon の 毛様体筋収縮の基点 としての役割です。
ciliary tendon
が縦走筋の固定した基点であるということは、縦走筋が収縮すれば、
ciliary tendonと反対側の脈絡膜が引っ張られるということになります。
そこに、脈絡膜の復元力(choroidal spring)が発生するわけです。
毛様体全体が収縮すれば、輪状筋が収縮し、毛様体の輪の直径が小さくなり、水晶体を前後方向に膨らませると同時に
ciliary tendonを基点として、放射筋、縦走筋が脈絡膜を引っ張り上げ、毛様体全体を前進させ、
水晶体を前後方向に膨らませる方向に働きます。
つまり、水晶体を前後方向に膨らませ、より近くをみるという動きを、毛様体全体で行っていることがわかります。
水晶体バネ(lens spring)と脈絡膜バネ(choroidal spring )が拮抗している状態に
毛様体筋が介入し (Dynamic biomechanical model 3)、その収縮と弛緩により
二つの拮抗力の働きの割合が変わり、
遠方視時には水晶体が薄くなり、水晶体前面後面の曲率半径が大きくなり、
近方視時には水晶体を厚くなり、水晶体前面後面の曲率半径が小さくなり、
その結果として
屈折力が動的に変化する一連の制御機構
と定義できるでしょう。
厳密に言えば、チン小帯もバネの働き(zonular springs)をして、
水晶体や脈絡膜を引っ張っています。4)←このサイトのFig.1参照
なぜ調節は、屈筋と伸筋みたいに二つの筋肉で調節するのではなく、上記のように複雑な仕組みになっているのでしょうか。
その問題を解く鍵は一つの思考実験をしてみれば、すぐわかります。
二つの釘の間にゴム紐を張って、そのどこかに黒いマジックでマークをつけます。
ゴム紐をどちらかの方向に指で引っ張ってみます。
指を離すとどうなるでしょうか。あっというまにマーキングしたところは、引っ張る前の位置に戻ります。
(ゴム紐は lens spring〜(zonular springs)〜choroidal spring、指は毛様体筋に相当することは、理解できますよね。)
つまり、最初のマーキングした位置を遠方視の位置だとすると、近方視のために力を加え近くを見ている状態から、
速やかにそして正確に遠方視の位置に復帰できると言うことを意味します。
実際に遠くから近くへピントを調整する時間(調節緊張時間)は約1秒なのにたいし、
近くから遠くへピントを合わせる時間(調節弛緩時間)は、約0.6秒と少し速くなっています。
遠くから接近してくる外敵を素早く確認するには、都合がよい仕組みですね。
もう一つの疑問。
毛様突起は、なぜあのような扁平な形をしているのでしょうか?
それは、毛様体のもう一つの重要な働き。房水産生のための表面積を増やすため。
そして、調節の主役である毛様体扁平部と水晶体を結ぶチン小帯の走行を邪魔しないこと。
毛様突起に付着しているチン小帯の繊維は、ひらひらの毛様突起を引っ張って拡げ
ているのかもしれません。毛様突起には、輪状筋もその他の毛様筋も存在しません。
また、毛様突起をよく見ていると放熱フィンのような機能が連想されます。雪山で遭難して、
凍傷で指を失うことがあっても、角膜が凍傷で失明したということは、聞いたことがありません。
虹彩と共に毛様体の豊富な血流と熱交換システムによって、房水温度や角膜温度を維持している
のかもしれません。
上記2点はあくまでも推測ですが、いずれにしても毛様突起は調節の主役にはなり得ないと思います。
毛様体やチン小帯の立体構造を理解するのにわかりやすい本があります。立体視用の眼鏡もついてます。
Stereoatlas of Ophthalmic Pathology, KARGER
1. http://www.oculist.net/downaton502/prof/ebook/duanes/pages/v7/ch001/016af.html
2. http://www.oculist.net/downaton502/prof/ebook/duanes/pages/v7/ch001/015f.html
3. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0042698994900582
4.http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0042698904005760
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このページは眼の調節について、
A.P.A. Beers 氏の Dynamic biomechanical model を参考にして、考察を加え解説したものです。
調節については様々な説があり、このページの説明が正しいとは限りませんが、自分の診療経験
や解剖学的知識に照らし合わせて最も納得できる model だと思っています。
最近発表された Reciprocal Zonular Action 説も毛様体筋弛緩時の水晶体を引っ張る力を説明でき
ていますが、縦走筋が強膜岬から始まって、脈絡膜実質に付着している事実が考慮されていないと
思います。この説によれば、縦走筋はまったく仕事をしてないことになります。また、水晶体バネ
の拮抗力が短い後部のチン小帯だけにかかってくることになりますので、調節のたびにチン小帯線
維にものすごい負担がかかりそうです。
さらに、脈絡膜からの牽引力を水晶体だけでなく、毛様体でも受け止める構造は、
眼球運動や外力などで瞬間的に水晶体に強い張力がかかった場合、それを和らげ、
チン小帯を保護する働きもあるかもしれません。
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このページに出てくるイラストは、わかりやすく説明するための概念図であって、実際に
このような姿をしているわけではありません。 イラスト作成には、MAXON社のCINEMA4Dおよ
びAdobe社のillustrator
CS6、Photoshop CS6 を使用しました。
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(2014.4.26作成 2014.5.5更新)
福津市 なかしま眼科 中嶋 康幸